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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)7752号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一昭和四八年八月二四日、訴外龍夫と被告との間で本件賃貸借契約が締結されたこと、同契約が、昭和五〇年八月二四日、賃料一か月金九万円、期間二年間として合意更新されたこと、昭和五二年七月六日、原告が、本件建物の贈与を受け、賃貸人としての地位を承継したこと、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、まず、本件賃貸借契約が一時使用のための賃貸借契約である旨の主張について判断する。

<証拠>によれば、訴外龍夫は、本件賃貸借契約の締結にあたり、長男である原告が当時既に日大獣医学科一年に在学中であり、同大学卒業後は本件建物で獣医として開業することを強く希望していたため、原告が大学を卒業するまでの短期間に限定して本件建物を賃貸する意思であつたこと、そして、この趣旨は、仲介不動産業者である株式会社大蔵屋の担当者には事前に伝えてあり、また、本件賃貸借契約調印の際にも、訴外龍夫に代り出席した尾田薫が、右担当者に右の趣旨を確認して、同担当者をして契約書に特約条項として、「賃借人は期間満了前といえども、賃貸人において本物件使用の必要性が生じた場合は、賃貸人より六か月予告をおいた明渡し請求に対し、異議なく明渡するものとする。」との文言を挿入してもらつたことが認められる。

しかしながら、原告が獣医を開業する予定であるため、それまでの一時的賃貸借であるとの訴外龍夫の前記の意図が、仲介した大蔵屋から被告に対し事前に或いは契約時に伝えられていたのかどうかについては、これを肯定する証人坂井ミツ子の供述部分は、被告本人尋問の結果に照らしてにわかに信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

そうだとすると、たとえ、契約書に前記の特約条項が挿入されたといつても、これを以つて直ちに借家法の適用を排除する旨の合意があつたものと認めることはできない。

したがつて、本件賃貸借契約が一時使用のための賃貸借契約であることを前提とした原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

三進んで、当裁判所は、直接、請求原因第8項(正当事由ある解約申入)の主張の判断に入ることとする。

本件訴状が、昭和五三年九月二八日被告に送達されたことは当事者間に争いがなく、以後本訴訟が現在まで係属中であることは本件記録上明らかであり、したがって、この間、原告は被告に対し、終始本件賃貸借契約の申入(仮に、請求原因第5項の更新拒絶に正当事由がなかつたものとすると、本件賃貸借契約は、昭和五二年八月二五日法定更新され、以後は期間の定めのない賃貸借契約となつている)をしているものと解するのを相当とする。

そこで、以下、右解約申入に正当事由が存するといえるか否かについて検討する。

<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができ<る。>

すなわち、原告は、子供の頃から動物好きで、獣医になるのがその頃からの夢であつたが、昭和三三年(原告が五才の時)から昭和四四年(原告が高校二年の時)まで本件建物において生活し、本件建物周辺にはなじみが深く、友人、知人も多いことから、本件建物において獣医を開業するのを強く希望していたこと、訴外龍夫は、本件建物を賃貸した昭和四八年には、原告が既に日大獣医学科一年に在学し、数年後には本件建物において獣医を開業する具体的な予定があつたため、前示のとおり、原告が大学を卒業し、獣医を開業するまでの一時的なものとして本件建物を賃貸しようと企図し、この趣旨は、仲介不動産業者である株式会社大蔵屋には伝えていたこと、そして契約書に前示の特約条項が挿入されたことから、訴外龍夫自身は一時使用賃貸借契約を締結したつもりでいたこと、昭和四九年夏頃、訴外龍夫と原告は、念押しの意味で被告を訪れ、原告が大学を卒業したら本件建物において獣医を開業する予定であるのでその際には本件建物を明渡して欲しい旨伝え、さらに昭和五一年一〇月一二日被告に到達した手紙ではつきりとその意思を表示していること、ところで、獣医というのは、動物を扱うところから、マンシヨンで開業するのは事実上無理であり、一戸建の賃借家屋を捜すにしても、診察室を造つたり等の改造が必要なことや、動物を扱われるのを嫌う人もいる等のため、本件建物周辺で適切な代替建物を賃借することは至難であること、本件建物の周囲半径一キロメートルの範囲内では、競業する獣医師がおらず、原告が獣医を開業するには立地条件が良いこと、原告は、昭和五三年三月大学を卒業し、同年同月三一日獣医師国家試験に合格し、同年七月五日免許証の交付も受け、いつでも開業できる資格と準備を整えているが、被告が本件建物の明渡を拒んでいるため、未だに研修生として無給で働くことを余儀なくされていること、以上の事実を認めることができる。

一方、被告は、被告本人尋問の結果によれば、本件建物において、妻、母、子供三人の六人家族で生活しているが、子供達も成長し、長女が二〇才で法政大学、次女が一八才で吉祥女子高等学校、長男が一七才で専修大学付属高等学校にそれぞれ在学中であるが、いずれも交通機関を利用しての通学であるから、子供達の通学上の便宜からは本件建物でなければならないという必然性はなく、また、被告は、内装業を仕事にしている者であるが、事務所は駒込にあり、仕事上も、本件建物でなければならないという必然性はない。

以上認定の諸事実を総合考慮すると、本件建物を必要とする度合(換言すれば代替物件を求めることの困難度)は、被告よりも原告の方がはるかに強いものといわざるを得ず、本件建物を明渡すことになつた場合に被告が蒙るべき種々の不利益を斟酌しても、金二〇〇万円の立退料が提供されれば、原告の解約申入には、正当事由が十分存するものというべきである(なお、右解約申入は、本訴係属中終始なされているものと解されるが、本件においては、本訴口頭弁論終結前六か月の解約申入に正当事由が存し、以後現在まで引続いて存在するものと認め、本件賃貸借契約は、本訴口頭弁論終結時である昭和五五年六月二六日終了したものと解するのを相当とする)。

(増山宏)

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